シャングリ☆LA!

「写☆んぐりら!」(旧表記)。写真で綴る日々<撮影記、機材、ダイエットや断酒といった生活記録、写真そのものなど>。

雲の表情

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ドライブ中に雲のドラマチックな表情に惹かれて脇道に入り、カメラを引っ張りだす。太陽光線がイイカンジに漏れ出て、さらになんだかドラマチックになりました。風景写真をあまり撮影しない自分としては、どう処理していいんだかワカンナイなぁと思いつつも「この雲の表情は是非とも残しておきたい!」と思って、結構真剣にシャッターを切りました。

 

雲なんて空を漂うチリと水滴(氷滴)の集まりじゃねぇか、なんて思うのですがね。その何てことないものの集まりが、空に様々な表情を与えてくれているのだと感じます。でも、でもですよ。雲にしてみれば、自然の中で「そのような形の雲ができるだけの条件」が整ったというだけのこと――と言いたくもなるでしょう。オレに意味などない、ましてや表情などあるわけない、と。

 

でも、人間は、その雲を見て、ドラマチックだの、さわやかだの、雲の表情が素晴らしいだの言って楽しんでいる。つまり「自然の法則の結果として生じただけのもの(=雲)」を見て、何か文学的?な意味を見出し、それに感動したりしているのです。

 

雲は意味を持たない。でも、見る人はそこに意味を見出す。感動すらする。このことに何か不思議な感じがします。でも、いくら雲が「オレは自然の法則に沿って生まれただけの存在だ」と言い張ったとしても、雲を見てその姿にココロ動かされる存在でいたいと思う自分がおります。

 

文系人間なんでね。